塚本先輩のご逝去を悼んで

片柳澄明(S56)

塚本先輩の突然の訃報に接し、ただただ驚いております。ご逝去を悼み、心よりお悔やみ申し上げます。
塚本先輩はRUWVだけでなく、理工学部土木工学科の一年先輩として、学業の面でもたいへんお世話になりました。卒業後は建設コンサルタント会社にて橋梁の計画・設計に携わられ、本業の傍ら、建設コンサルタンツ協会が季刊する協会誌「Consultant」および「土木遺産」の編集にも尽力されていました。
以下のホームページでは、先輩が執筆された記事を拝見することができます。
◇土木遺産 – 建設コンサルタンツ協会 https://www.jcca.or.jp/dobokuisan/
 ・西ヨーロッパ:カール・テオドール橋(ドイツ・ハイデルベルク)
 ・南ヨーロッパ:アッピア街道(イタリア・ローマ)
先輩のご功績に深く敬意を表するとともに、安らかなご永眠をお祈りいたします。

土木遺産より.jpg

“塚本先輩のご逝去を悼んで” への2件のフィードバック

  1. 39年 鈴木正博

    [すべての道はローマに通ず、ローマ帝国の高速道路」・・・アッピア街道のイギリス編

    2014年8月30日~9月10日にイギリス縦断のツアーに参加した。スコットランドの経済の中心地、グラスゴーに降り立ち,東側政治の中心地エジンバラに行った。丁度この横線の南、イングランドとスコットランドの境にハドリアヌス長城があった。
    遠くはゲール人、それにバイキングの血が混じったスコットランド人は,当初はローマ遠征軍と,その後はイングランド軍と幾度も交戦し,戦闘の過程で築かれた長城、当時のローマ軍の皇帝、ハドリアヌス時代に築いた全長500km,現在は100km余のハドリアヌス長城(城壁)である。10年間かけて建設され,2.5mの土塁と石壁で、1000人のローマ人が配備されていた。遺跡の中には子供の靴もあった。ローマの軍人は独身者の集団であるが、北の外れのこの地では家族持ちの軍人もいた証拠であり、このことがローマ軍の衰退の兆しを示した?
     この長城より南、ハリーポッタのダラム城に行く街道で、正に”アッピア街道”をバスは通過した。両サイドの大木は根元近くで切り倒されていたが、昔のローマ街道だと説明された。
    ローマ軍の遠征先は、ローマと同じ生活が出来るようにと水道橋を各地に建設した.と同様に、遠征先に通じる街道も整備したのを、現代のイギリスも活用しているのであろう。

  2. 39年 鈴木正博

     このハドリアヌス長城の所々に監視塔(Watch Tower)があり、その一箇所を見学したとき、駐車場の出入り口に門があり、ゲートの生け垣として万作が植わっていた。その後もあちこちで万作を見た。
     縦断旅行の行く先々の個人住宅の屋根の多くは、石が瓦の役目をして屋根が葺かれていたが、唯一シエクスピアの妻の親元の家でかやぶき屋根の住宅を見た。我が国の白川郷や京都府の美山町の合掌造りは、この万作の木質部を除外した外皮で茅を束ねている。50年60年雨風で腐らないそうだが、イギリスのかやぶき屋根も万作を使っているのかは、聞き漏らしました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です